瑞光寺と雪鯨橋
橋
紹介
瑞光寺は、聖徳太子の創建と伝えられ、現在の大阪経済大学敷地にあった。三寶寺の全盛時代に堂宇のひとつに属した臨済宗の禅寺であったが、建武年間(1334~1336年)の頃、火災に遭い建物が焼失した。その後、寛永20年(1643年)に伊予の国の天然という臨済宗の僧がこの地に入り、観世音菩薩を本尊に白隠禅師を坐主に迎え、指月寺と名づけて復興した。しかし、昭和20年(1945年)6月の大空襲で本尊の十一面観音を除いて、豪華な堂塔伽藍から寺宝一切を失った。その後、昭和59年(1984年)に再建され現在に至っている。瑞光寺の境内にある「弘済池(こうさいち)」には、全国にもここだけと思われる、鯨の骨でできた「雪鯨橋」が架かっている。4世住職潭住(たんじゅう)が、宝暦6年(1756年)に南紀を行脚しているとき、太地浦(現在の和歌山県太地町)の漁師に不漁であったことから豊漁の祈念を請われた。潭住は「殺生は五戒の一つ」として断ったが、ついに祈願に応じた。鯨がたくさん捕れたお礼として、30両と鯨骨18本が贈られたが、潭住は鯨を供養し、すべての生き物を大切にするという祈りを込めて、この橋が作られたといわれている。現在の橋は、6代目の橋で、平成18年(2006年)に架け替えられたものである。
大阪府・大阪市 観光施設一覧より (観光施設一覧, CC BY 4.0).
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基本情報
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