御勝山古墳

御勝山古墳, 大阪

御勝山古墳

Okachiyama Kofun· 史跡

紹介

もとは岡山と呼ばれ、元和元年(1615年)夏の陣の大坂落城のとき、徳川秀忠がここで戦勝の宴を催したことから御勝山の名で知られるようになった。古墳時代中期の5世紀前半に造られた南北112m、東西55m、高さ約8mの前方後円墳で現在は前方部が道路(勝山通)と御勝山南公園になっており、後円部を残すのみである。市内では、茶臼山古墳(天王寺区)と帝塚山古墳(住吉区)と並んで重要な史跡の一つとなっている。御勝山南公園内には、歌人で万葉学者であり文学博士でもあった折口信夫の歌碑も建てられている。

大阪府・大阪市 観光施設一覧より (観光施設一覧, CC BY 4.0).

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基本情報

史跡 生野区・大阪

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出典 大阪府・大阪市 観光施設一覧 (CC BY 4.0), Wikidata (CC0). 写真のクレジットは利用規約ページにまとめています。